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「グラスアート美術館」の特徴と見どころ

世界のガラス工芸品を紹介した美術館です。
世界の工芸ガラスの歴史や工芸ガラスの作り方が学べるほか、ガラスの先進地であるヨーロッパの国々のガラス、当社の100年の歴史を見学できます。
  • 工芸ガラスの歴史
  • 工芸ガラスの作り方
  • ヨーロッパのガラス
  • 当社100年の歴史
工芸ガラスの歴史
古代ガラス
トンボ玉 ~最も古いガラス作品~

溶けたガラスを粘土等で覆った鉄の棒に巻きつけて作った、ビーズ状のガラスが世界で最初に使われたガラス工芸品です。
王様や貴族の間での、装飾品や宗教行事に使われていたと考えられています。
日本では、トンボの目のようにいろいろな色に光るところから、トンボ玉と呼ばれています。

トンボ玉
コアガラス ~吹きガラスが作られる前のガラス容器~

コアガラスとは、器の形をした粘土の塊の上に溶けたガラスを巻き付け、ガラスが冷めた後で中の粘土を掻き出して得られるガラス成形法とその方法で作られた容器のことです。
吹きガラスが開発されるまでのガラス容器は「コアガラス」でしか出来ませんでした。
※コアガラスの作り方が展示してあります

ローマングラス ~世界で最初の吹きガラス~

ローマ時代に鉄のパイプの先にガラスを巻き付け吹いて成形する方法が開発されました。この方法が開発されることにより、ガラス容器をたくさん作ることが可能となり、ローマ帝国が領土を広げながらガラス器を交易に利用し富を得たとも言われています。
また、ローマングラスのもう一つの特徴は、後世になりローマングラスが発掘されたとき、土中でガラスに含まれるアルカリの化学変化でガラス器の表面に銀の箔のような美しい皮膜(これを「銀華」と呼んでいます)が出来ていることです。

ローマングラス
中世のガラス
ヴェネチアングラス

13世紀、ヴェニスでは国の方針で、ムラノ島にガラス職人を集め、ガラス技術の流出を抑えながらガラス器の製造に力を入れ、画期的にガラス技術が高まった時代があります。
他では真似のできないガラス器を強みにガラス製品を世界中に売り莫大な利益を得たといわれています。
今でも、ムラノ島はガラスの島として観光客を集めています。

ボヘミアンクリスタルとイングリッシュクリスタル

門外不出であったヴェニス技術も段々とヨーロッパ全土に広まり、ガラス製造の中心がヨーロッパに移る。
イギリスで鉛を使うことにより、白く透明なガラスが開発されたことから、これを鉛クリスタル又はイングリッシュクリスタルと呼ぶ。
又、ドイツとチェコの国境地帯のボヘミアの森林の灰をガラス原料に使ったガラスが開発されたことからボヘミアンクリスタルと呼んでいます。

乾隆ガラス

清時代の乾隆帝の時代に、不透明な白いガラスの上に赤や緑、黄等の色のガラスをアップリケ状につけ、それを削って鳥や花を浮き彫りにした花瓶や鉢や鼻煙壺などが作られた。
これらは乾隆グラスと呼ばれ、世界の工芸ガラスの歴史の中でも注目されるガラス器です。

乾隆ガラス
アール・ヌーヴォーとアール・デコ
アール・ヌーヴォーとアール・デコ(ガラスが中心となった異なる2つの美術運動)

ガラス工芸の華と言われるアール・ヌーヴォーのガラスは、自然の植物や鳥をモチーフに産業革命による画一化した製品に飽きた人の心に響き、新しい芸術(アール・ヌーヴォーの意味)運動として、ガラス工芸が中心となって展開された。
パリの万国博覧会で日本の陶磁器をはじめとする文物が紹介され、日本美術や文化の関心が高まり(ジャポニズム)、このジャポニズムはアール・ヌーヴォーの中心であったエミール・ガレをはじめとするアーティストに強く影響を与えることとなる

およそ30年間で衰退したアールヌーヴォーに変わり誕生したアール・デコは、アール・ヌーヴォーの植物をモチーフにしたり流動曲線で描こうとした表現方法とは逆に、直線的で幾何学的な表現による美術運動で、やはり、ルネ・ラリックを代表とするガラス工芸家が中心となって素晴らしいガラス作品を発表した。

  • アール・ヌーヴォー
    アール・ヌーヴォー
  • アール・デコ
    アール・デコ
日本の工芸ガラス
弥生時代の勾玉

日本でもガラスの勾玉が作られていたことが知られています。 中国からガラスの粒を輸入し、粒のガラスを溶かして型に流し作られたようで、その型が**遺跡より出土しています。

薩摩切子・長崎びーどろ・江戸切子

薩摩藩島津斉彬がガラスづくりに挑戦し、世界のガラス工芸の歴史の中でも注目を浴びる作品を作っていますが、制作された期間も短く製作された数も少量でした。
江戸初期より長崎でガラス(長崎びーどろ)が作られており、その後、大阪、京都、江戸に伝えられ、カットガラスが人気となって江戸切子の名前が残っていますが、一般庶民に行き渡るまでには至りませんでした。

明治大正時代のガラス

明治時代の後半から大正時代にかけて、ガラス製品が多く作るれましたが。 食器やランプ等に民芸的な味わいのある製品が残されています。

日本の工芸ガラスの先駆者(岩田藤七、各務鉱三、小柴外一)

岩田藤七は色ガラスを宙吹き工法で作品を作り、各務鉱三はドイツでカットガラスの技法を学び、クリスタルにカット技法の装飾を施した作品を発表した。
小柴外一、清水有三は岩城硝子にあってパート・ド・ヴェールの技法を研究し、日本で最初のパート・ド・ヴェールの作品を残している。

正倉院のガラス

いくつかの時代にシルクロードを渡ってきたものと考えられますが、制作された当時の色や艶をそのまま現在に伝えているのは、正倉院の保存されている御物が唯一だと言われています。正倉院の保存技術の高さも御物のガラスから教えられます。
正倉院に保存されているガラス器を見る機会は殆ど無いと言えるでしょう。そのガラス御物を当社で復元し展示しています。

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工芸ガラスの作り方

ガラス工芸の技法には、「宙吹き」「カット」「グラビール」「パート・ド・ヴェール」等たくさんあります。
それぞれの作り方の代表的な作家の作品を通して、工芸ガラスの作り方とその作品を紹介しています。

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ヨーロッパのガラス

イタリア、フランス、ドイツ、オーストリア、チェコ、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなどガラスの先進地であるヨーロッパ国々をはじめ、アメリカ、中国等の工芸ガラスを国別に紹介しています。

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当社100年の歴史

日本の近代ガラス産業は明治8年に政府によって、官営のガラス会社「品川硝子製造所」が設立され、イギリスの近代技術が導入されました。
その後、明治30年代になって日本の経済力も高まり、日本全国に民間のガラス工場が多数設立されました。
当社も、明治38年に創業し、日本の近代ガラス産業の草分けとして、理化学ガラスや体温計等の製造を行い、戦後、現在の地に工場を写して工芸ガラスを作るようになりました。
その100年の歴史を紹介したコーナーです。

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